
数字は追っていても、評価の物差しになっていない
新規事業の立ち上げ・事業化を支援する株式会社イノベーション総合研究所(イノベーション総研)は、従業員1,000名以上の企業で新規事業に関わった888人への調査をもとに、PoC(小さく試す仮説検証)と事業化の関係を分析しました。あわせて、PoCの結果と不足している情報を経営会議用の1枚に整理する「PoC事業化判断キット」を無料で公開しています。
調査では、最も進んだ段階が「顧客ヒアリング・PoC」だった担当者と、その先の「事業化・追加投資の承認」以降に進んだ担当者を比べました。数値目標を定期的に確認・見直していた割合は、前者で74.4%、後者で76.4%です。どちらの層でも約4分の3が、数値目標を定期的に確認・見直していたと答えています。
一方、経営層と目標を合意し、その目標を事業の評価に使えていた割合は、PoC段階で20.5%、事業化の承認以降で30.1%でした。どちらの層でも、数値目標を定期的に確認していた割合より低い結果です。イノベーション総研はこの結果を受けて、目標の進捗を報告するだけでなく、「どの結果が出たら追加投資や再検証を検討するか」まで経営層と話し合っておくことを提案しています。
意思決定を止める「継続・撤退・方向転換」の基準
PoCから事業化へ進むうえで何が最大の障壁だったかも尋ねています。対象は、数値目標を確認・見直していた担当者です。そのなかで、経営層と目標を合意して評価に使えていた層と、経営層との認識のずれによって評価に使えていなかった層を比べました。評価に使えていなかった層では、24.0%が「継続・撤退・方向転換の基準が曖昧で、意思決定が停滞した」ことを最大の障壁に挙げました。評価に使えていた層では、この割合は16.5%でした。
ここで問われているのは、目標の数字を集めているかどうかだけではありません。数値の確認と、次の仕事を決める条件がつながっているかどうかです。たとえば利用者が増えたとき、その結果をもとに追加開発を決めるのか、それとも購入の意向を確かめる必要があるのか。イノベーション総研は、PoCで測る数値と、経営層が次の投資を決める条件を、実施前から結び付けておくことを提案しています。

「使われた」と「予算を付けて進めたい」のあいだにある溝
PoCの後には、次のような場面があります。試作品を使ってもらい、現場からもよい反応があった。それでも、次の会議で本開発の予算を求めてよいのか、追加で確かめるべきことがあるのか、判断に迷う。利用者の反応だけでは、購入を決める人や支払える価格、本番環境で使う条件まで分かるとは限りません。次の投資を相談するには、今回確認できたことと、まだ分からないことを整理する必要があります。
業務を効率化するサービスのPoCを例にとります。「利用者が増えた」「便利だという感想が得られた」という結果から、担当者は需要があると捉え、本開発を提案するかもしれません。しかし、経営層が知りたいのは「顧客は費用を払うのか」「どの程度の利益を見込めるのか」である場合があります。この問いへの答えがなければ、利用状況を詳しく報告しても、投資の検討は進みません。そのためイノベーション総研は、PoCを始める前に、利用者の反応に加えて、購入を決める人、価格への反応、提供に必要な費用も今回確かめるべきかを相談することを挙げています。すでにPoCを始めている場合も、「次の予算を決めるために、まだ何が足りないか」を今から確認できるとしています。

PoCの前・実施中・終了後を同じ記録でつなぐ判断キット
「PoC事業化判断キット」は、PDF(全16ページ)と記入式のExcelで構成されています。収録内容は、5つの仮説、Go・Revise・Stopの論点、判断シートの使い方です。検証目的、試作品の範囲、顧客の反応、事業化の選択肢を、つながった情報として整理します。そのうえで、検証の記録をもとに、確認できた事実、未確認事項、経営層に判断してほしいことを「経営会議1枚」のシートにまとめます。PoCの前・実施中・終了後に使う記録様式と記入例も収録されており、各段階で整理する内容は次のとおりです。
- PoC前:何が分かれば本開発や販売へ進めるかを決めます。確かめる仮説、測る項目、試作品で作る機能・作らない機能を整理し、「どの結果なら次へ進むか」「どの結果なら内容を変えるか」を予算を決める人と共有します。
- 実施中:好意的な感想と、購入につながる事実を分けて残します。誰が、どんな場面で試し、何をしたかを記録し、「便利と言われた」と「継続利用された」「購入条件が提示された」を区別して、次に確かめることを明らかにします。
- 終了後:追加投資・再検証・中止の案を比べます。確認できたことと未確認のことを整理したうえで、本開発へ進む案、対象顧客や仕様を変えて試す案、現在の案を止める案を比較し、必要な費用と担当者を示します。
キットには、工場点検を支援するサービスを題材にした架空の記入例も掲載されています。想定しているのは、現場で試作品を使ってもらえた一方で、購入部門との面談は未実施で、本番データの扱いにも制約があるケースです。この場合は「試作品が動いたから本開発へ」と進めるのではなく、購入条件と導入方法を先に確かめる計画へ整理します。記入例を見ながら、自社でも「確認できた事実」「まだ分からないこと」「次の行動」を分けられるようにしており、経営会議で使う1枚のサマリーも用意されています。キットの対象は、PoCをこれから始める人、実施中の人、終了したのに追加投資が決まらない人です。
代表取締役 CEOの長尾浩平氏は、事業会社の新規事業部門にいた際、PoCがうまくいっても「誰が引き取るのか」で止まるという壁に何度も直面したと振り返っています。成果を出したにもかかわらず、誰にも引き取られないまま終わっていくプロジェクトもあるといいます。そのうえで、PoCを始める前に、どの結果が出たら予算を付けるのかを経営層と決めておくこと、その合意をつくるためのものがこのキットだと説明しています。
今回の調査は、株式会社マクロミルを調査実施機関として、2026年4月3日~8日にインターネットで行われました。対象は、従業員1,000名以上の企業に勤務し、過去5年以内に新規事業へオーナー、リーダーまたは意思決定者として関与した人で、有効回答数は888名です。調査内容は、新規事業の取り組み、事業の到達状況、組織・体制などです。イノベーション総研は2024年1月に設立され、東京都港区虎ノ門に拠点を置いています。事業の課題を整理する「Compass」、個社ごとに設計する新規事業AIエージェント「Plan」、専門家チームが実務を担う「TeamPro」を提供しています。